年代
 明治前
 明治時代
 大正〜
  昭和20年終戦
 昭和21年〜
  昭和30年
 昭和31年〜
  昭和40年
 昭和41年〜
  昭和55
 昭和56年〜
  現在
  年     内   容
昭和42年 従業員確保のための共同宿舎「芦畔ビル」完成
昭和43年 備後絣創始者「富田久三郎翁」の胸像(ブロンズ製)を明治百
年を記念するに当り新市町大佐山総合グランド児童公園内に移
し翁の偉業を永久に公にして保存する。
昭和44年 年産百七十万反
昭和46年 備後絣協同組合創立二十周年記念式典を挙行する
昭和47年 昭和四十六年度、四十七年度過剰綿スフ織機買上処理を実施し
た。
昭和48年 通商産業省告示に基き綿織物用織機・絹織物用織機・毛織物用
織機の特例法による織機の登録が実施された。
昭和49年 特例法に基づく綿スフ登録織機買上処理を実施した。
昭和50年 広島県備後かすり検査条例が廃止となり、備後絣協同組合にお
いて備後かすり自主検査業務を実施する。
特例法に基づく綿スフ登録織機・毛織物登録織機買上処理を実
施した。
昭和51年 備後絣創製百二十周年記念式典を挙行する。
永年勤続・優良従業員表彰を行った。
備後絣振興育成のため第一回備後絣新作品発表会を実施した。
特例法に基く毛織物登録織機買上処理を実施した。
年産 百二十万反
昭和52年 特例法に基く毛織物登録織機買上処理を実施した。
綿スフ織物用織機共同廃棄事業実施に伴う過剰綿スフ登録織機
買上処理をした。
構造的不況が原因して次第に生産が減少し始める。
昭和53年 綿スフ織物用織機共同廃棄事業実施に伴う過剰綿スフ登録織機
買上処理をした。
昭和54年 広島通商産業局長「備後絣産地」の視察をされる。
 「備後絣」広島県ふるさと産業に指定される。
綿スフ織物用織機・毛織物用織機共同廃棄事業実施に伴い過剰
設備の買上処理をした。
昭和55年 綿スフ織物用織機・毛織物用織機の共同廃棄事業を実施した。
年産 六十万反。