年代
 明治前
 明治時代
 大正〜
  昭和20年終戦
 昭和21年〜
  昭和30年
 昭和31年〜
  昭和40年
 昭和41年〜
  昭和55
 昭和56年〜
  現在
  年     内   容
昭和21年9月
繊維工業の復元運動に着手
昭和22年 前記残存業者十三名は備後絣織染工業協同組合を結成(理事長
山本徳右衛門)
昭和23年 商工省繊維局から原糸の割当を受け供米、供麦等の報償物資と
して絣木綿の生産が復活する。
昭和24年 復元業者の織機登録申請を行い七十台の、復元許可を受けて復
元業者は独立して新に備後絣工業協同組合(理事長橘高峯右衛
門)を結成し備後絣織染工業協同組合が広島県備後絣工業協同
組合と改組し茲に二つの協同組合が両立状態を出現した。
昭和25年 年産六十万反
昭和26年 衣料品統制規則が廃止される。
昭和27年11月 現在の備後絣協同組合を結成(初代理事長橘高国人)し既存の
両組合は発展的解消した。 年産百七十万反
昭和29年7月 備後絣調整組合を設立する。
昭和29年9月 広島県備後絣検査条例を制定して県営検査を実施す。
備後絣検査にあたり、中央検査所他六ヶ所に備後絣検査支所の
指定を受ける。
昭和29年11月 中小企業安定法に基づく「綿スフ織物設備制限規則」が通産省
令をもって発令せられ綿スフ織物業者はすべて綿スフ織機の登
録を受けなければ生産できないこととなる。
昭和29年12月 絣木綿織物「備後絣」の文字の商標登録出願をする。
昭和30年 備後絣創業百年祭挙行
年産二百二十万反
三井化学工業株式会社と「三井インヂコ」一括購入契約を締結
する。